まだ5歳でダンスを始めたウェンディは、思春期になるとアマチュアのプロダクションでパフォーマーとしてだけではなく、振付師、コスチュームデザイナー、プロジューサーといったあらゆるパフォーマンススキルの微調整を行いました。
彼女はコメディ・ミュージカル「Mac & Mabel」や「Kiss me Kate」などに出演して、日本に旅立ち数多くの国際的なプロダクションで歌や踊りを披露しました。大学で言語学の学位を終了するつもりでオーストラリアに戻りましたが、「42nd Street」 のオーストラリアツアーの一員に選ばれ、ショービジネスの世界に押し戻されたのです。24人のタップダンサーの1人として始まり、ツアーの終わりには、主役の「ドロシー・ブロック」の代役にまで上りました。
彼女の国際的キャリアは続きます。パリのリド から有名なブルーベルガールズのポストが提案されました。パリに恋に落ちたがゆえ、リドとの契約が終了した後も新たに形成されたばかりのジャズボーカルグループ The Jazzberriesで歌うためにパリに残るという決断は、難しくはありませんでした。この多国籍トリオは3年間にわたり、ビルボケやライオネル・ハンプトン・クラブなどのパリのジャズクラブでクロード・ボリングなどのミュージシャンと共演し、ニースジャズやカンヌ国際映画祭にも出演しました。
1999年、ウェンディは親友のオリジナルコメディミュージカルの上演を手伝いにロンドンへ向かいます。そのときに、シャルル・アズナヴールの新しいミュージカルコメディ Lautrecのジェーン・アブリル役のオーディションを受けました。そして彼女が実際に役を獲得したことを知ったのは、パリに戻ってジャズの即興演奏をセロニアス・モンク、プライス・ウィナーズ、サラ・ラザルス等と学び始めた後でした。そのため、イーストエンドのシャフツベリー劇場でのシーズンを迎えるために、ロンドンに戻る準備をしなければなりませんでした。
パリに戻ると、今度はリドのオーケストラのリードシンガーとしてリドで再び働くことになりました。毎夜公演ができる、そしてリドの後もパリのジャズクラブで公演ができるという理由から、理想的な契約内容でした。彼女はウェンディ・リー・テイラー・カルテットを結成し、彼女のファーストアルバムとなる 「Let’s do it」 を2005年5月にレコーディングしました。10曲のジャズバンドを収めた彼女のセカンドアルバム 「All you have to do」は、2008年にレコーディングされ、2011年2月にリリースされました。
2011~12年は長期勤続休暇を利用して、生まれ故郷のオーストラリアに帰省し、ジャズ・キャバレー「The Paris Walk」を制作しました。パリに戻って2、3年リドで歌い続け、2015年12月にリドとの契約を終了した際に、ジャズのキャリアを伸ばすことに集中し始めました。
2017年、カヴォー・ドゥ・ラ・ユシェットが理想的なジャズクラブとして描写された映画、ラ・ラ・ランドの大ヒットの後、ウェンディは、クラブの70周年記念アンソロジーコレクションに向けた映画のテーマ曲 「Another Day of Sun」 のレコーディングに招待されました。彼女は現在、カヴォー・ドゥ・ラ・ユシェットでツアーを行い、スウィングの豪華なショー 「ラ・ラ・ランドへのトリビュート」 を公演しています。またウェンディは、世界中のジャズクラブやフェスティバルで、さまざまなグループと演奏しました。彼女の最新プロジェクト 「Remembering Fred Astaire」 では、ジャズのコンサートにタップダンスを取り入れています。ウェンディの目的は、ミュージカルコメディとキャバレーの魔法をジャズのリズムと複雑さに溶け込ませることです。彼女のサードアルバム 「Remembering Fred Astaire」 は、フィリップ・プティ・トリオと一緒に2017年7月にレコーディングされ、2018年4月にリリースされました。
バイオグラフィーに記載されている多くのプロジェクトの紹介は、本ウェブサイトの 「プロジェクト」 メニューよりアクセスすることができます。